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中村ゆりは「YURIMARI」だった!アイドル時代&1年で解散した理由は?

女優として活躍している中村ゆりさん。

とてもきれいな中村ゆりさんですが、年齢はなんと39歳です!

そして、中村ゆりさんは若い頃「YURIMARI」というアイドルデュオで活動していたことがありました。

今回は、中村ゆりさんが活動していた

  • アイドル(YURIMARI)時代
  • 活動内容&代表曲
  • 解散理由

をご紹介します。

中村ゆりは「YURIMARI」のYURI!

女優として活躍の場を広げている中村ゆりさん。

39歳とは思えない美しさと確かな演技力で人気を集めています。

中村ゆり

そんな中村ゆりさんですが、若い頃に「YURIMARI」のYURIとしてアイドルをしていた時がありました。

コチラがYURIMARI時代の中村ゆりさんです。

YURIMARI

▲左側が中村ゆりさん

中村ゆりさんはこの時、16歳です。

今とは雰囲気が違いますが、若い頃から美人なことが分かりますね。

中村ゆりのYURIMARIアイドル時代

YURIMARIの結成から詳しく見ていきましょう!

YURIMARI

YURIMARIの結成

YURIMARIは、1996年にオーディション番組「ASAYAN」で合格し、1998年にデビューしています。

「ASAYAN」といえば、当時大人気アイドル「モーニング娘。」や「ケミストリー」を輩出した超人気オーディション番組です。

YURIMARIは、ASAYANの乱発オーディションでavexのプロデューサー松浦勝人さんのプロジェクトで合格しています。

その後、YURIMARIは、avexに所属しています。

メンバーは、中村ゆりさんと友達の伊澤真理(MARI)さんの2人です。

デビュー当時、中村ゆりさんは16歳でした。

YURIMARIの名前の由来&コンセプトは?

YURIMARI

YURIMARIの名前は、大人気バンド「JUDY AND MARY」の愛称「ジュディマリ」をもじったものです。

楽曲提供は、サンプラザ中野とパッパラー河合さん。

コンセプトは、「バカPUFFY」でした。

PUFFY

PUFFYも当時大人気でしたからね!

ただ、PUFFYに頭が良いイメージがないのですが、YURIMARIの目指した「バカPUFFY」とはどんなイメージなのでしょう。

YURIMARIの代表曲は?

早速、YURIMARIのデビュー曲「スーパースター☆ハムスター」を聞いてみましょう。

PUFFYの要素はないように思うのですが・・・

歌を一生懸命に歌っている感じが好感を持てますね。

YURIMARIは結成から1年3ヶ月で解散していますが、その間リリースした曲は全部で6曲あります。

約2か月で1曲リリースしていたことになりますね。

それだけavexがYURIMARIに力をいれていたことが分かります。

YURIMARIの代表曲といえば「Love Love Dreamer」です。

この曲は、テレビ静岡の「くさデカ」という番組の主題歌に使われていて、YURIMARIが解散した後も使われていました。

とてもキャッチーな曲調ですね。

YURIMARIの解散理由は?

YURIMARI

YURIMARIは、1996年に結成し、わずか1年3ヶ月足らずで解散しています。

YURIMARIの解散理由を調べてみると、ハッキリと解散理由が分かる情報はありませんでした。

色々とYURIMARIの解散理由が言われている中で、最も有力なのが

CDの売り上げが不調だった

ことです。

YURIMARIのデビュー曲は、オリコン最高69位。

その後全6曲のシングルのうち、一番売り上げが良かったのが「初恋〜はるかなる想い〜」がオリコン47位です。

YURIMARIは、サンプラザ中野とパッパラー河合さんという有名アーティストに楽曲を提供してもらい、「ASAYAN」のエンディング、CMに起用される曲など必ずタイアップがついていました。

が、CDの売り上げが伸びず、人気もあまり出ませんでした

チョコの売り上げが悪かったから?

また、一説として、プロデューサーの松浦勝人さんの「チョコ(CARA)が売れなかったらYURIMARI解散」発言があります。

YURIMARIのプロデューサー松浦勝人さんが、チョコレート「CARA」のCMでYURIMARIと共演しました。

そこで松浦勝人さんは

「(CARAが)500万個売れなかったらYURIMARI解散」

と言っていたそうです。

どちらにせよ、CDもチョコも売り上げが悪かったのか、YURIMARIはたった1年3ヶ月で解散することになってしまいました。

YURIMARIのその後の中村ゆり

YURIMARIの解散後、3年間の休止期間を経て、中村ゆりさんは女優として活躍の場を広げます。

中村ゆり

中村ゆりさんが女優として有名になったきっかけは、2007年の映画「パッチギ!」の続編の「パッチギ!LOVE&PEACE」のキョンジャ役です。

この役で、中村ゆりさんは

  • 2007年度全国映連賞女優賞
  • 第3回おおさかシネマフェスティバル新人賞

を受賞します。

パッチギに出演している中村ゆり

この「パッチギ続編」の役は、もともと前作「パッチギ!」に出演していた沢尻エリカさんが演じる予定でした。

しかし、沢尻エリカさんが辞退したために、2000人のオーディションが開かれ、中村ゆりさんが主役を見事勝ち取りました。

2007年5月22映画コムのインタビューによると、井筒監督曰く、中村ゆりさんの目つきが良かったそうです。

膝を叩くというような感じではなく、2人ともどんな役でも演じさせてくださいっていう、やる気が全身からみなぎっていたからね。

目つきが良かった。

何せ、2000人も来たんだから!

引用:映画.com

その後も中村ゆりさんは女優としてのキャリアを積んでいき、

2020年1月にはドラマ「今夜はコの字で」に浅香航大さんとともにダブル主演、37歳で民放連続ドラマに初主演しました。

中村ゆりさんの今後がますます楽しみですね!

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